私はクリスチャンホームで生まれ育ちました。
なので、最初は当たり前のように教会にいきつづけました。中学生になると部活が大変で、日曜日も部活、毎日が部活の日々でした。
中学生3年間で教会に来れたのも数えられるくらいでした。
こんな日々を3年間続けていて、毎日が部活のことで頭いっぱいで今考えると神様から離れていたなと思います。
ある日、高校受験も終え落ち着いてた頃、K君がhi-b.aというクリスチャン高校生がたくさんいる場所に誘ってくれました。
そのhi-b.aでは、たくさんのイベント、定期集会をしているのですが、今年の夏、キャンプがありました。たくさんのクリスチャン友達と会いたい、仲良くなりたい、神様についてもっと知りたいと思いキャンプに行きました。
1日目の夜スタッフからのメッセージで『神様からの愛』について学ばされました。
私は中学生の時、部活で上手い、下手や勉強の頭の良さなど学校でたくさんの人と自分は比較していて、高校生になっても、自分を低く見てしまうときがあり、自分の世界に入ってしまって神様から離れて離れて1人で泣いていたときもありました。ですが、ある聖書箇所でその時、私は神様から離れていても神様は見離さず愛してくださっているんだと思わされました。イザヤ43:4の前半「あなたは高価で尊い、私はあなたを愛している」、イザヤ49:15.16「この私はあなたを忘れない。見よ。私は手のひらにあなたを刻んだ」
「あなたは高価で尊い」神様は愛して下さる。私の中で人の目で自分の価値を決めていたと思いました。私の価値は神様が決めて下さるんだ。
また、「私は手のひらにあなたを刻んだ」私は神様にとって忘れない決して離れない存在でいて下さっているんだと思い、神様の愛は偉大だと思いました。
その愛に答えてられてないなと思い答えるため何しようと思っていました。
そのメッセージが終わって、スタッフが「今までイエス様を信じれなかった人、今日から信じますか?信じていた人は今日洗礼を受けようと決心した人手を挙げて下さい」と言ってくださってそこで私は神様の愛に答えるためには、洗礼を受けようと決心することができ手が挙がりました。
改めて、イエス様は私の唯一の救い主であると信じて生きていこうと思います。
最後に大事にしていきたいなと思っている聖書箇所を読んで終わりたいと思います。イザヤ46:4「あなたがたが年をとっても、私は同じようにする。あなたがたが白髪になっても、私は背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。」